カイロプラクティック・コンタクトの歴史と進化
1934年に発行された『The Subluxation Specific The Adjustment Specific』において、BJスペシャルと名付けられたニーチェストテーブルを使用し、H.I.O.学説に基づいて頸椎1番(アトラス)に対する横突起接触法によるアジャストメントが行われていました。
当時のリサーチクリニックの内部写真には、手前にニーチェストスタイル、その奥にサイドポスチャースタイルのテーブルが並んで設置されている様子が確認できます。
1939年発行の『THE EVOLUTION OF CHIROPRACTIC ITS DISCOVERY AND DEVELOPMENT』では、B.J.パーマーや教授陣が横突起接触法から後弓接触法(椎体後部)への技術変更を教育していた記録が残されています。
この接触位置の変遷は、アジャストメントスタイルそのものに大きな影響を与える転機となりました。
BJスペシャル(ニーチェストテーブル)はこの変更に合わせて進化し、横突起接触から後弓接触へとその仕様も調整されていきます。
横突起接触法は、横向きで施術を行うサイドポスチャーテーブルに適しており、接触法とテーブルスタイルの相性によって施術スタイルも自然と分化していきました。
リサーチクリニックでは、創始者B.J.パーマーはサイドポスチャースタイルを好み、
その後、セカンドチーフとして研究を任されたL.W.シャーマンはニーチェストスタイルを愛用していたと伝えられています。
参考資料
- The Subluxation Specific The Adjustment Specific [1934]
- THE EVOLUTION OF CHIROPRACTIC ITS DISCOVERY AND DEVELOPMENT [1939]
- Chiropractic History Volume 16, No. 2 [1996]

1934年発行のThe Subluxation Specific The Adjustment Specific ではBJスペシャルと名付けられたニーチェストテーブルにて、H.I.O.学説に基づき頸椎1番を横突起接触法でアジャストメントは行われていました。
リサーチクリニック内の写真にはニーチェストスタイル(手前)とサイドポスチャー(前から2番目)のテーブルが並んで写っています。

1939年発行のTHE EVOLUTION OF CHIROPRACTIC ITS DISCOVERY AND DEVELOPMENTという本には頸椎1番の横突起接触法から椎体の後ろ、後弓接触法(アジャストメントの接触位置)をB.J.パーマー、教授陣が教えていたと残されています。この年代に起こった接触位置の変更がアジャストメントスタイルに大きく影響されていきます。
BJスペシャル(ニーチェストテーブル)は横突起接触法から後弓接触法に変更されました。

横突起接触法はサイドポスチャーテーブル(横向き)に合っていてアジャストメントスタイルによって接触法が分かれていきました。

リサーチクリニックでは、B.J.パーマーはサイドポスチャーを好み、後にセカンドチーフを任されB.J.パーマーに代わり多数のリサーチを行ったL.W.シャーマンはニーチェストテーブルを好んで使っていたそうです。
参考資料 :
The Subluxation Specific The Adjustment Specific [1934]
THE EVOLUTION OF CHIROPRACTIC ITS DISCOVERY AND DEVELOPMENT [1939]
Chiropractic History Volume 16, No. 2 [1996]